2017年07月03日
内外政治経済
常任参与
稲葉 延雄
私が住んでいるのは東京23区北部の木造住宅密集地域。お世辞にも高級住宅地とは言えないが、大きな事件も起きたことのない、のんびりした町だ。多くの家は広くもない庭に思い思いの草木を植え、きれいに咲いた花を互いに褒め合う。敷地をフェンス塀で取り囲むのも芸がないから、私の家も一部を背の低いブロックにして道路から花壇が見えるようにしてある。いわばオープンな花壇だが、だからと言って花が盗まれるようなことはなかった。
事件が起こったのはこの春先。パンジーを植えた大きなプランターがそっくり消えたのだ。きれいに咲いた花の一枝を折るのとはわけが違うから、子供のいたずらとも思えない。最近、外国からの留学生や研修生が近所のアパートに多く住むようになったため、その中に犯人がいるかもしれないなどと疑ったりした。異国に来て寂しさのあまりプランターをアパートの窓辺に置いて慰めているのか...。そうかなとも思い、近所をそれとなく回ってみたりした。が、そのような気配は全く感じられなかった。
それからしばらく経った頃、近所の奥さんの騒々しい声がしたので外に出てみた。すると、こざっぱりした身なりの老女が、我が家の庭のビオラを根こそぎ引っこ抜き、杖代わりの買い物カートに入れていた。「それは稲葉さんのでしょう!」と周りが言っても、老女は自分のものだと主張するばかり。結局、持ち去ってしまった。聞くと、彼女はこの2~3年で認知症がずいぶん進行したとのこと。私は、花どろぼうが外国人ではないかと一時でも疑ったことを心底恥じると同時に、高齢化の下で私たちの生活が著しく変容していることに気づき身震いした。
認知症の花どろぼうをどう防ぐか。ご近所のあちこちで被害が出ているが、よくよく聞いてみて一つ分かった事実は、盗まれる花は決まって紫色だということ。どういうわけか、紫色だと自分の植えた花だと思ってしまうようなのだ。そこで、紫色の花が咲くものは、簡単に手が届かない庭の奥に移すことにしてみた。ご近所の人たちもそうしたようだ。以来、花どろぼうの被害はなくなった。
高齢化で大きく社会が変化する中でも、これまでと変わらない、それなりに快適な地域生活は維持していきたい。そのためには、自分も高齢者となっていくので難しいことではあるが、思いもよらないような問題の発生に対し、小さな工夫を積み重ねて対処していく以外、方法がないということのようだ。
稲葉 延雄